2007年 06月 28日
四万十川物語(リレー・エッセー) 11 |
[第11話] 溝渕幸三氏
[プロフィール]
私の書くものはいつでもどんなものでも「起承転結」無視の書き方である。思いつきをそのままそこに断片的に書き、何の脈絡もない。普段から白紙のような頭で、つまり、実に素直なのですな。
私の書いたものは、ここは違っているなどと、文句をいう読み方はしないこと。ああこいつはこんな感じ方をしたのか、へえこんな所もあるのか、ここはこんなに書けばいいのに、などと思ってもらえたらそれで充分である。
マンガだと言ったらマンガ家に怒られるだろうし、もちろん小説でもなければ随筆でもない。ましてやエッセーなどという高尚なものでもない。自分でもわからない内容のものであるが、敢えて言えばエッセーならぬ似非(えせ)内容、つまりこれをもじって「似非ースト」としよう。
似非とは講談社の日本語大辞典によれば、(1)似てはいるが、実は違うもの。にせの。用例として。似非君子。(2)いやしい。つまらないの意。用例として、似非者。まったく私にピッタリではないか。「土佐の似非ースト」と名乗ろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
■炭焼き昔日・・
【写真】木炭積出<四万十川/下田港> 39.3
小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より
朝早くから出張などで四万十川沿いを下るとき、朝靄に混じって青白い煙が立ち上がっていたものだ。両側から山が迫っているので、空と言えば四万十川の上空だけである。
山の中腹にかけて静かに浮いているように靄がかかっている。靄と一体になりながらも微かに動いているのは、この炭焼き小屋から立ち上がっている青白い煙だけだ。
時には白い煙のとき、あるいは黒々とした煙のとき、またほとんど煙の出ていないとき、といろいろである。雨に降り込められるように小屋の周りで煙が漂っていたり、細く一筋真っ直ぐに立ち上る日もあった。
こんな炭焼き小屋も最近はとんと見かけなくなってしまった。私たちの小さい時分には、山のあちこちで幾筋もの煙が立ち上がっていたものだ。炭も焼かなくなり、山も雑木から植林が進み山様がすっかり変わってしまった。
炭を焼くのに適した木、それは一般に言われる雑木である。シイやカシ、トチやブナなどの木に変わって四万十川流域だけでなく、日本中が杉や檜の植林に変わってしまった。
あまりにも無理をして植え込んでしまった感じさえする。山は雑木であってはいけないというような感じで、人がずり落ちそうな場所まで植林されている。
このように植林が進むに従って山の保水能力は落ちるという。山の保水能力が落ちるということは、そのまま川に影響してくるのだ。このままで、まだまだ植林が進められると、何十年何百年とかかって染み出していた地下水も枯れ、まったくの死んだ川になるのではあるまいかと心配する。
よくブナの木などが保水する量を、わかりやすく表やグラフにしたりしているが、杉など針葉樹林に比べるとその差は歴然としている。
これらの保水能力にたけた木を伐ってしまうと、大雨が降れば水は地下に染み込まず、そのほとんどは川にそのまま流れ込んでしまう。一挙に流れ出て洪水を起こし、後は水の枯れた殺伐とした川の跡だけが残るようになるのだ。
四万十川に限らず、見える範囲の規制も大事だが、一般の人々の目に止まらない山奥の水源林の確保ということにも目を向けなければならないのではないだろうか。
現在有る落葉樹や照葉樹林は手を付けずに残していかなければ、ますます山も川も痩せ細ってしまうだろう。
◆四万十の森・宣言
************************
■四万十川だより(溝渕幸三/山川海幸雨)
◆モデル林(針葉樹、広葉樹の混交林)
高知県の須崎林業事務所管内で、自然環境を守る新しい林業施業が試験的に行われた。
今まで行われてきた、山のうねや崖の縁まで杉や桧などの針葉樹ばかりを植林する林業の施業方法を、針葉樹、広葉樹が混在する林を造るような新しい施業方法に変えていこうというものらしい。
どこの山を見ても、急峻な、崖と言ってもいいくらいの場所にまで、杉などが植えられてきた。多くの収入を見込んでのことであったのだろうが、その多くはあまりに役に立たない木となっているのが現状である・・・[more]
*続きは、「メルマガ:四万十通信 256号(19.2.24)」に掲載。【登録】
****************************
[リレー・エッセー] 第12話 予告
■中村の人達の心遣い
次回は、高知県で「ブログの鬼」「ブログの伝道師」といわれている西村健一氏です。幾つかのブログを精力的に、毎日更新しています。
しかし、四万十川との関りはあまりないようで、氏のブログに「四万十川関連情報」が登場することは稀です。
その稀な四万十川発のレポートがブログに掲載されていました。出張で中村(四万十市)へ来た折の、四万十川とともに生活する中村の人達の心遣い、を綴ったエッセーです。
[プロフィール]
私の書くものはいつでもどんなものでも「起承転結」無視の書き方である。思いつきをそのままそこに断片的に書き、何の脈絡もない。普段から白紙のような頭で、つまり、実に素直なのですな。
私の書いたものは、ここは違っているなどと、文句をいう読み方はしないこと。ああこいつはこんな感じ方をしたのか、へえこんな所もあるのか、ここはこんなに書けばいいのに、などと思ってもらえたらそれで充分である。
マンガだと言ったらマンガ家に怒られるだろうし、もちろん小説でもなければ随筆でもない。ましてやエッセーなどという高尚なものでもない。自分でもわからない内容のものであるが、敢えて言えばエッセーならぬ似非(えせ)内容、つまりこれをもじって「似非ースト」としよう。
似非とは講談社の日本語大辞典によれば、(1)似てはいるが、実は違うもの。にせの。用例として。似非君子。(2)いやしい。つまらないの意。用例として、似非者。まったく私にピッタリではないか。「土佐の似非ースト」と名乗ろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
■炭焼き昔日・・
【写真】木炭積出<四万十川/下田港> 39.3
小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より
朝早くから出張などで四万十川沿いを下るとき、朝靄に混じって青白い煙が立ち上がっていたものだ。両側から山が迫っているので、空と言えば四万十川の上空だけである。
山の中腹にかけて静かに浮いているように靄がかかっている。靄と一体になりながらも微かに動いているのは、この炭焼き小屋から立ち上がっている青白い煙だけだ。
時には白い煙のとき、あるいは黒々とした煙のとき、またほとんど煙の出ていないとき、といろいろである。雨に降り込められるように小屋の周りで煙が漂っていたり、細く一筋真っ直ぐに立ち上る日もあった。
こんな炭焼き小屋も最近はとんと見かけなくなってしまった。私たちの小さい時分には、山のあちこちで幾筋もの煙が立ち上がっていたものだ。炭も焼かなくなり、山も雑木から植林が進み山様がすっかり変わってしまった。
炭を焼くのに適した木、それは一般に言われる雑木である。シイやカシ、トチやブナなどの木に変わって四万十川流域だけでなく、日本中が杉や檜の植林に変わってしまった。
あまりにも無理をして植え込んでしまった感じさえする。山は雑木であってはいけないというような感じで、人がずり落ちそうな場所まで植林されている。
このように植林が進むに従って山の保水能力は落ちるという。山の保水能力が落ちるということは、そのまま川に影響してくるのだ。このままで、まだまだ植林が進められると、何十年何百年とかかって染み出していた地下水も枯れ、まったくの死んだ川になるのではあるまいかと心配する。
よくブナの木などが保水する量を、わかりやすく表やグラフにしたりしているが、杉など針葉樹林に比べるとその差は歴然としている。
これらの保水能力にたけた木を伐ってしまうと、大雨が降れば水は地下に染み込まず、そのほとんどは川にそのまま流れ込んでしまう。一挙に流れ出て洪水を起こし、後は水の枯れた殺伐とした川の跡だけが残るようになるのだ。
四万十川に限らず、見える範囲の規制も大事だが、一般の人々の目に止まらない山奥の水源林の確保ということにも目を向けなければならないのではないだろうか。
現在有る落葉樹や照葉樹林は手を付けずに残していかなければ、ますます山も川も痩せ細ってしまうだろう。
◆四万十の森・宣言
************************
■四万十川だより(溝渕幸三/山川海幸雨)
◆モデル林(針葉樹、広葉樹の混交林)
高知県の須崎林業事務所管内で、自然環境を守る新しい林業施業が試験的に行われた。
今まで行われてきた、山のうねや崖の縁まで杉や桧などの針葉樹ばかりを植林する林業の施業方法を、針葉樹、広葉樹が混在する林を造るような新しい施業方法に変えていこうというものらしい。
どこの山を見ても、急峻な、崖と言ってもいいくらいの場所にまで、杉などが植えられてきた。多くの収入を見込んでのことであったのだろうが、その多くはあまりに役に立たない木となっているのが現状である・・・[more]
*続きは、「メルマガ:四万十通信 256号(19.2.24)」に掲載。【登録】
****************************
[リレー・エッセー] 第12話 予告
■中村の人達の心遣い
次回は、高知県で「ブログの鬼」「ブログの伝道師」といわれている西村健一氏です。幾つかのブログを精力的に、毎日更新しています。
しかし、四万十川との関りはあまりないようで、氏のブログに「四万十川関連情報」が登場することは稀です。
その稀な四万十川発のレポートがブログに掲載されていました。出張で中村(四万十市)へ来た折の、四万十川とともに生活する中村の人達の心遣い、を綴ったエッセーです。
by kawauso100s
| 2007-06-28 11:16
| 四万十川物語